何もかもが父母の手作りで始まった学童保育室、楽育一期生の男子の母です。卒室してから早3年、またもや卒業の時期を迎えているとは、時が経つのは早いものです。
小学校の目の前に自宅があるにもかかわらず、雨ニモマケズ雪ニスベリツツ、炎天下ノ夏ノ日モ、前日に指導員の先生にお目玉を食らった にもかかわらず、学区のはずれまで、おやつを楽しみに毎日通っていました。親子ともども先生に怒られてうなだれて帰路につくことも一度や二度ではありませ んでしたが。
帰るべき場所、いつでも行って良い場所、お帰りって言う声が必ず返ってくる場所、息子にとって楽育は「俺の場所」だったと思います。
いろんな冒険をさせていただきました。親の付添なしに、一年生から六年生まで一緒に電車に乗って東京に行くなんて、心配で心配で初イ ベントの当日は仕事どころじゃありませんでした。ついつい転ばぬ先の杖を親が出してしまう昨今、決して親ではさせてあげられない事を、楽育でいっぱい体験 しました。 口数がさらに減った中3ですが、「ねえねえ、楽育って楽しかった?」と聞いたら、ぼそっと「覚えてねェ」と言いました。そーかそーか楽しかっ たか。今頃「あのころは良かったなあ」なんて授業中に思い出に浸ってるんだろうな。